2
まだどこか残暑の気配も拭い去れない陽気の中。夏休みに はっちゃけた名残りか、それとも若さの現れか。お元気そうな少年たちが無限機関もかくやとばかり、駆け回ったりはしゃいだり。それでも春先の新学期に加えれば ずんと落ち着いた雰囲気の、二学期へと突入した、此処は白騎士学園高等部。そして…そのお隣り、位置的に言うと学舎がある丘の頂上側にあるのが、同じ学校法人の営む“大学部”であり、
『まあ考えてみりゃ、日本全国で秋なんだから。
こっちでも学園祭は催されてて訝おかしかないんだけどさ。』
秋の文化祭、その名も“白騎士祭”の準備にと、生徒さん方は勿論のこと、高等部全体の運営を取り仕切る総代、生徒会と執行部も大忙しの今日この頃。だってのに、
『大学部の方の学園祭の出し物へ、学長直々って出演依頼が舞い込んだぞ。』
いきなり、しかもご本人の携帯電話へと、届いた知らせ…というか“通達”があって。いかがなものかという出だしだったけれど、断る訳にはいかないような食い下がりを見せたお相手が、大学部のだか高等部のだか、どっちにしたって“学長”直々、というのは物凄く。
『それも“騎士もの”の姫役だ。台本はすぐにも届けるそうで、打ち合わせはこっちの体育祭の打ち上げ直後。』
最初から“断られる”ことなんて念頭にないってのがありありな差配だとも解釈出来るよなと、ご依頼を受けた直後からして少々ご立腹だったのが、忙しい最中にそんな要請を受けちゃった、現在の生徒会副会長の甲斐谷陸くん、三年生。そして、
『お前も付き人として連れてっからな。』
こんの忙しいのによという、ウチなる憤懣目一杯の現れだろうか。日頃からも力みがあって鋭いその眸が、何だか…座っていたもんだから。
『陸、怖いよぅ〜〜〜。』
おびえこそすれ、非難なんて出来たろうかい。言われるまま、付き人が決定してしまったのが、こちらも三年生の生徒会補佐役・小早川瀬那くんだったりし。
――― そんな“前振り”から一体どれほどの日数が経っているやら。
どもども お待たせ致しましたの、後編でございます。
◇
都内とは到底思えぬほどに、天然の緑も多い閑静な土地に、総合一貫教育を謡っての、幼稚舎から大学院まで。それぞれの学舎と校庭にあてられし敷地が広がる、一応はJR沿線の一等地。幼稚舎からずっと居続けたなら20年近くをここで過ごすことにもなろうという、色んなことが色んな意味からとんでもない規模の一帯であり。由緒正しき歴史もあって、創始者との交流から連綿と続くお付き合いの一環か、名家・名士の家系の子息たちも通ってはいるガッコではあるけれど。全体からすりゃほんのほんの一部の話、通っている坊っちゃんたちの殆んどは ごくごく普通の家庭の男の子たちであるし、よって、その筋で有名な家柄と言われても、芸能関係の有名人ほどには ピンと来ない場合も少なくはなく。その結果、ご本人も周囲も肩を張ることなく、至っておおらかに健やかに屈託のない生活を送れるところから、
“そんな環境なのは助かるってことで、そういう関係筋の方々もまた こぞって進学先にって選ぶ理由に、なっているのかも知んないね。”
自分チは全くの平々凡々な家庭の子なので、そんな華やかなお家のご事情とは関係ないけどね…なんて思ってるらしきセナくんだって、お父様はその骨身を惜しまない働きぶりと敏腕さとで結構有名な弁護士さんであり。こういうのをこそ“灯台もと暗し”と言うのでしょうかも?(う〜ん…)
「…あ。甲斐谷くん、おはようございます。」
最寄りのJRの駅から山の手側へ。ゆるやかな坂を上ってゆくと、白騎士学園の総合私道と呼んでも構わないほどに、そこへと通う和子たちがこぞって上ってゆく坂に出る。手前から幼稚舎、初等科、中等部。体力が無さげな幼い子たちから順番に、通う学び舎へと吸い込まれてゆくような案配となっている坂道の、その頂上。つまりは終着地点にあるのが、白騎士学園大学部であり。高等部の門よりも更に登らにゃならないのもまた、不満の種であったらしいくせして、
「おはようございます♪」
最後の“音符マーク”は厭味だろうかと、こっそりセナが思ったくらい。音がして来そうなほどものにっこり笑顔を披露しもって、本心隠しまくりの甲斐谷くんがまずはのお愛想を振って見せ、
「お、おはようございますっ。」
その後へと続いた小さな三年生へも、
「小早川くんも、毎日ご苦労様でしたね。」
でも、それも今日までですからねと、そりゃあ柔らかな語調で会釈を向けて下さったのが、ここ、大学部の演劇部の部長にして、学生演劇界に高等部時代からの通年でその名を轟かせてもいる、武者小路 紫苑さんと仰有る二回生のお兄様。物腰や語調こそ、折り目正しくて丁寧な方だけれど、とっても背が高くていらして、顎ひげもうっすら伸ばされた、いかにも芯のしっかりした印象の、男臭い雰囲気のする男性であり。何でも陸くんとは遠縁の親戚筋にあたる人なのだそうで、
『俺が舞台劇に関心持つようになったのも、キッドさんの影響だしな。』
本名があまりに仰々しいお名前なので、却って“まだ学生のくせに何てふざけたペンネームだ”なんて誤解からの叱責を受けたことがあり、しかもその後、その同じ批評家に事実が知れて…二重に恥をかかせてしまう騒ぎにもなったりしたことをお気の毒だと思った彼だったとか。それでと現在使っているペンネームが“キッド”というのだそうで。ご本人もそりゃあ多彩で巧みな演技がお得意なのに、大学に上がられてからは専ら脚本を書く方を優先しておいで。今年の大学祭で上演が予定されている演目も、何を隠そう 彼が書いた作品なのだとか。
『さすがに…夏の全国学生演劇祭には、キッドさん自身が“まだ早いですって”なんて言って遠慮したんで、別の演目で参加したそうだけど。』
それでもね、この春に書き上げたその脚本自体の出来は、そっちの筋でも早々と評価を受けてもおり、実演は観せていただけないのかという問い合わせへ、当時の部長さんが顧問の先生や指導担当にとお招きしていた舞台監督の方、学校側や、勿論のこと武者小路先輩ご自身とも協議した結果、やむなく“次の演劇祭でお披露目出来ますんで”との公的なお返事をしたのだとか。
『え? でも…。』
そう。でも、今回の大学祭で上演するのって“その脚本”だというお話ではなかったか? 何だか平仄が合わないなぁと、陸くんやセナがキョトンとしたのには、もう一段ほど深い、とある事情があったのだそうで。
“それで、何だか…いかにも演劇関係者ですって雰囲気の来賓が多いんだな。”
今日 本日の大学祭がお披露目というその当日でもある、演劇部の、言わば定期公演。さすがに学校の施設なので、マスコミ関係者はそうそう容易くは構内へ入れられないが、正式な招待状を持参の方々は堂々のご入場が許されるのでと。ある意味、正当な筋の方々ばかりの前でのお披露目でもあって。
「テレビで観たことある…っていうようなレベルじゃあないものね。」
脚本家に劇評作家、高名な劇団の主幹の方々や、芸術祭なんてものの審査関係者のお顔も多数おいでで、お付きの方も含めてというお越しの図、これがまた荘厳な一団だったりするのだが、
「でも、あんまり浮かねぇのが凄いよな。」
「うん。高等部だとこうはいかないだろにね。」
大学祭というと、一昔前だったなら…高尚な文化的研究の発表会や、高名な学者先生方を招いての講演会が主体だったろうに、昨今のそれはいかにも学生のお祭り騒ぎという、高校生の文化祭の延長というよな空気が強かったりもするものが、
「ウチのはいろんな意味で微妙なんだよね。」
おおう。筆者のト書への茶々を容赦なく入れて下さったあなた様は もしかして。
「桜庭さんvv お久し振りです。」
ご挨拶をセナくんに先んじられてしまいました、そのお相手は。相変わらずに優雅な微笑もお似合いの、どこかノーブルで麗しき美貌が大健在なお兄様。桜花産業の御曹司こと、桜庭春人さんではございませんか。
「こんにちは、セナくん、甲斐谷くん。」
にこにこと会釈を向ける彼の傍らには、同じ経済学部へと進まれた、たいそう長身なお兄様、高見さんもご一緒で、
「学生が主体の、ゼミやサークル活動の発表の場っていうのが本来の“大学祭”なんでしょうけれど。ウチのは時として、非公式ながら大人の方々にとっての社交の場にも成りかねませんからね。」
何かしらの非公式会合、若しくは 遠い伝手を辿った者同士のいよいよ直接の顔合わせなんてことへの、まずは落ち合う場所として。ここへのご招待というものがセッティングされることも多々あるのだそうで。ただ単にマスコミの目を制限出来るというだけでなく、どこにも関わりのない場であるがゆえ、此処での“出会い”にどこぞの誰の後押しもありませんと見せるため。はたまた、誰ぞに偏った花を持たせないようにするための“中立な場所”扱いというところか。
「まあ、今日の講演はそういうのじゃあないんだけれど。」
むしろ、少しほどながらマスコミ関係の方々の入場へも許可を出しており、
――― 大人にばかり利用させとく手もなかろうよ。
そんな風に言い立てての“人集め”に一肌脱いだのが、この、相変わらず“そういうややこしいものには疎くてねぇ”なんて、困ったようにのほのほ笑って嘘臭くはない、それは柔らかな顔容(かんばせ)をなさった貴公子様だったりし。
「急な要請だったのに、りっくん、見事にコンプリートしちゃったそうじゃない。」
本来の予定演目ではない、それも既作品じゃあない、新規の脚本のを上演することとなったの自体が急な話で。呼吸の合っている正規の部員たちは、さすがより抜きのメンバーたち、その優秀さをもってして何とか役柄や雰囲気を物にし、脚本を見事御せそうではあったものの、問題だったのが…男子校のサークルだってのに、主要な登場人物に女性がいること。そういう演目を避けては通れぬ彼ら、日頃の公演の場合は、線の細い男子部員が演じるか、高等部から華奢で声の高い子をと応援に招くか。はたまた、他の大学やアマチュア劇団に依頼して“客演参加”してもらうかという手を取るところ。今回もそういう手順を踏んで招いた女優を加えての、さあと勇んで練習に入ったのが晩夏のころ。ところが、
「選りにも選って、その女優さんが“向こうさん”の手先だったとはさ。」
実はプロの劇団員だということが、公演本番の日が迫ってからいきなり露見した。いや、来てもらったときは確かにアマチュアだったのが、向こうの劇団にいきなりスカウトされてしまい、CMだったかグラビアだったか、小さなお仕事へ出演して報酬を得てしまったので、アマチュアではないという身になってしまって。これは困ったぞと頭を抱えていたところへ、
『甲斐谷くんがいるじゃないですか』
と。余計なんだか巧妙なんだか、素晴らしいことを思いつき言い出したのが…さぁさ、誰だったやら。彼ならば、こちらの部員たちとも共演経験はあり言わば顔馴染みだし、呼吸での問題はなかろう。ただ、
『まぁな。高等部のほうの演劇部の文化祭での演目は、夏の高校演劇祭でやったのをまんま持って来ての披露だから、それほど台本や内容をいじってないこともあって、負担は小さかったけどもさ。』
でもなと、当初はそりゃあ不貞腐れていた陸くんで、
『だってよ、
やるからにはちゃんと真剣に向き合って取り組みたいじゃねぇか。』
ずぶの素人がやるよりはマシだなんて、そんな理由での招聘だったら、冗談抜きに蹴ってたと、顔合わせの初日に部長さんへきっぱりと言い切ってたほどの彼でもあって。
『運動してる人が数日休むと、それでもう感覚とかが微妙に鈍なまってしまうのと同じなんだからな、こういうのって。』
毎日刷り込まなくっても、瞬時にして役柄へ入れる人もいるだろけど。俺はそんな天才肌じゃあないと。納得するまで自分を叩いて叩いて、役を作り上げて…って本格的に入れ込むタイプなのでと、静かな語調でしっかり燃えてた彼だったとかで、
“数十年に一人ってその筋で言われてる天才少年が言っても説得力無いぞ〜。”
こらこら、桜庭さんたら。(苦笑)
◇
例年の公演へも、プロの世界の方々からの注目の高い、白騎士学園大学部内 演劇サークル“秋海棠”の、今年の秋の定期公演は。実を言うと、とんでもない事情を孕んでもおり。建前的にはそちらの筋にとってもごくごく秘やかな、とはいえ実情からすりゃ ほぼ公然の、とある騒動の、言わば鳧をつけるべく、大きな主旨替えを余儀なくされてしまった代物で。
『武者小路先輩の脚本を、まんま盗んだ作品が、商業劇場でこの秋に公開されることとなったらしくて。』
勿論のこと、タイトルは違う。こちらの脚本は既存の文芸小説を新解釈にて書き下ろした作品だが、そちらさんは“完全オリジナル”を謡っておいでて、舞台設定も無国籍国家となっているし、今時の小物や台詞も使いまくり、若者に受けるようにというシチュエーションにアレンジされているそうで。ただ、
『…なんか、匂うんだよね。』
どっか他所の“バッタもん天国”なお国とは違って、日本は知的財産というものへの理解も深い。いくらアマチュアの手になるものであれ、それなりの場へ発表されたもの、つまりは演劇に関係する人々の目に触れて評価までされたものが、書いた本人のおよび知らぬところで、そうそう容易く、勝手に使われるなんて道理がおかしい。脚本家の名前はなかったものの、それでもそれなりの評価をいただいた作品だっただけに、審査に当たった方面が最初に気がつき、そこからの問い合わせが学校の方へとあったそうで、
『ウチの学生であることを肩書にしての商業活動は、絶対に認めない訳ではないがせめて届けてからにしてもらえないか』
と、学校側から言われて初めて気がついたというほどに、やっぱり武者小路先輩はちっとも知らなかった経緯の上での運びであったらしくって。
『だったら、許可なんて出してませんて。取りやめて下さいって申し出ればいいんじゃないんですか?』
『それがさ、どういうからくりがあったやら、手続き的には“合法”なんだと。』
最初は“はて? そんな人の脚本じゃあありませんよ”なんて白を切ってた上演予定の劇団のフロントが、仕方がないかと言い出したのが、武者小路紫苑さんご本人との契約をちゃんと結んでおりますという爆弾発言。そんなの偽者がやったに違いないと分かっているのに、書面上では正式な手続きが完了しているのでとの一点張り。どうしても解約としたいなら、その旨をも公開した上で、べらぼうな違約金を支払っていただきますよと来たもんで。
『何が何やら。どこかで誰ぞに利益がいくような、利権がらみの話らしいんだが…。』
そんなややこしいものには縁も関心もない、芸術家肌の先輩さんだったので。正にお手上げ、何とも手の打ちようがないという流れになりかけていたもんだから。だからこそ…というと色々と語弊も大ありかも知れないが(苦笑)、まだ一回生で、しかもそのサークルさんとは関与もない身な筈の桜庭さんが、退屈だったから、なんていう豪気な理由から首を突っ込んだのだそうで。
『…何で俺まで、引き摺り込むかな、お前はよ。』
別の大学でやはり経済学とそれから、インカレ・アメフトに集中してらした、某諜報員様まで引っ張り出しての情報収集と、勿論、ご自身の様々な伝手のうちやら社交術やらを駆使して、何とか突き止めたのが、
『利権云々もあるにはあるけど、そもそもの発端は、その劇団のゴーストライターをやってる作家っていうのがさ。あちこちの学生対象の脚本やら文学賞やらのコンクールで、キッド先輩と鉢合わせては毎回敗退してた人だったんだって。』
『…なんで、専属なのに“ゴーストライター”なんだ?』
『ああ、だから。何年か前には話題になった舞台が幾つか、そこそこあった劇団なんだけど。それって“あの女優の誰某が”とか“あの話題の某さんが脚本担当”なんて銘打って評判集めてた公演ばっかでさ。確かにその人本人が座長になって出ていたりもしたらしいんだけど、脚本の方は…本人が書いてやしなかったらしくてさ。』
『そういう脚本専門の“ゴーストライター”って訳ですか。』
とんでもない存在があったってことへも呆れたセナや陸だったが、それよりも。
“そんな事実を穿じ繰り返せる手腕も恐ろしいったら。”
相変わらずに、怒らせると怖い方々だってところも健在で。(苦笑) ともあれ、その人が言い出しての画策が、そりゃあ旨みのある話だとオーナーにも気に入られての実現化。よって、ギリギリまで公けにはならぬようにと策を弄しの、脚本そのものも、突貫で修正した書き下ろしにしては、入魂の出来だったりしのと、なかなか執念深くもよく出来た仕立てのそれであり。
『だったらって事で、こちらからの画策のしようも色々あったところを、先輩がそういう泥仕合は趣味ではないからって言い出して。』
ならばと。勿論のこと、不正な契約への正規の訴訟も行うのと並行して、本家本元のこちらが先に、正式な公演で板に乗っけてしまおうと。それをその筋の方々の目にもお広めしちゃいましょうと、それへの根回しなどなど、穏便な働きかけを手掛けていたところが…助演参加の女優さんを囲い込むなんてな卑怯な手を使って来たものだから。それが彼らの堪忍袋の緒を切ってしまい、鎗々たる顔触れをご招待なんていう、こっちもやや力技に出た今日の舞台…ということなのだとか。
「考えてみりゃ、物凄いお鉢が陸には回って来ていた訳ですね。」
「そうなる、のかな?」
学生のすることだもの、そんな大層なことはしてないってと、セナや高見さんと一緒に学生用に割り当てられてた客席へとついた桜庭さんは、そりゃあにこやかに笑っておいでだ。まま確かに、この公演は単なる定期公演で。大っぴらに、どこぞの劇団が盗作作品を上演するらしいですとか何とか、抗議の文言を声高に謡ってもいないけれど。本家本元の手で正式に公開された以上、似ている作品、しかも怪しい契約を正規のそれと言って憚らなかった団体の持ち出す代物は、物議をかもしての問題視されるのは明らかだし。話題性が出てよかったと喜ぶような、もしかしてそれが狙いだった連中だったとしても。向後は真っ当な評価もされず、その筋からの暗黙の了解の下、取材陣も寄り付かなくなろう、劇場からもスポンサーからも逃げられることは必至と来ては、
“やっぱり、怒らせると恐ろしい方々なんだなぁ。”
大人の世界の本格的な企みへも、むかっと来たからという理由だけで、此処まで手を出し、首を突っ込めちゃう凄まじさ。まま、そういった舞台裏のすったもんだなお話も、今日は取り沙汰なしなしと、幕が上がるのをわくわくと待つ皆様であり、
“陸も頑張ってたし、大成功 間違いなしだよね♪”
彼の役どころは、凛と気丈な貴族のお姫様。放埒な後継者に不満がいつ暴発して革命へとなだれ込んでも不思議ではないという、そんな不安定な情勢の中世のとある国家にて。運命に翻弄される王家を支える忠臣の娘にして、近衛部隊の隊長に淡い恋心を抱いてもいる女の子。そんな微妙な役回りをといきなり振られた甲斐谷くんだが、
「りっくんが凄いのは、決して なよなよとわざとらしい振る舞いはしないところだものね。」
いかにも儚げな所作・素振りをしなくとも、その立ち居振る舞いがしっかりと、年若い少女の機敏なそれに映る術を知っており。だからこそ、男の子なのに“男勝りな女の子”なんていうややこしい役回りでも、苦もなくこなせる天才児と、いつだって称賛されてた名優でもある。
“それに…♪”
セナくんがもう一つ、思い出していたのは、あのね? 演技の中に剣を交わし合う“殺陣たて”というのがあって、奇襲を受けてのそれなので、フェンシング風のじゃあなく切り結ぶところも入れたいからと、剣道部に監修をお願いしようということとなり。
“思わぬ形で道場のほうへも足を運べたし…vv”
正にヒョウタンから駒、期待するどころか念頭にさえなかったことだのに。陸くんの付き添いという形でながら、大学部の剣道部の練習用の道場へのお邪魔も出来て。まさかに堂々と寄り添ったりなぞは出来なかったが、それでも…大好きなお兄様、進さんの道着姿の勇姿、続けて間近に見ることも出来た何日かもありので。セナには結構楽しかった付き添いの日々だった模様。そんなこんなを思い出していたところへと、場内の明かりがすっと落とされる。いよいよ開幕という間合いに入って、正面へとお顔を向けたセナだったのへ、
「あ、そうそう。あのね? 進の出し物なんだけど…。」
お隣りから桜庭さんが話しかけたところが、
「静かにせんか。」
「………え?」
一番最後に、つまりは通路側の席に着いたセナくんだったので、こっちで間違いはないのに。だってのに、なんてまあ横柄な口を利くセナくんになったもんだと…思う桜庭さんな筈もなく。
「…ヨウイチ?」
「おうよ。」
おおう、いきなりの入れ替わりですかと。思いも拠らなかった段取りへ、セナくんを散々“凄い人だ”と感嘆させたご本人が飛び上がりそうになってたり。大方、照明が落ちた直後に、そっと近づいて席を替われと持ちかけたりしたのだろうけど。セナくんからこの人へという変わりようは物凄く落差のあることだったし、かてて加えて、
「なんで?」
「来ちゃいかんかったのか?」
「まさかまさかっ。………でも、今日は来れないって言ってなかった?」
今回の騒動には大いにご協力をいただいた。それのみならず、秋に入ってアメフトの方も本番の星取り戦に突入し、お忙しい彼だとは判っていたが、それでもやっぱり逢いたくて。ご招待をというメールややお手紙、お電話まで差し上げたのに、
『忙しいんだ馬鹿野郎!』
と、けんもほろろのお返事しか頂けずで。表向きには平生のお顔で通していたものの、内心、すっかりしょげてもいたものだから。うわぁ〜vvと一気にご機嫌も急浮上した、なかなかに現金な春人さんだったりしたのだが、
「それよか。お前、知らなかったのか?」
「え? 何なに?」
「剣道部の“型”の演舞。あと30分もしない内に始まんぞ?」
「ええ? だって、午後からだって…。」
「何をどう聞いてやがったんだかな。そっちはOBの方々の演技だ。」
「あ…じゃあ。」
「心配は要らね。今さっき、チビにそれ言って、とっとと向かえって尻叩いてやったからな。」
「ありがと〜〜〜vv」
あの仁王様から要らぬ恨みを買うとこだったのまで救って下さった、愛しのハニーさんの登場で。すっかり観劇どころじゃなくなったかもの桜庭さんと、それからあのね?
“急がなきゃ。”
蛭魔さんからの急な伝言。進さんの型の演舞の披露はもうすぐとのお言葉に、ハッと飛び上がってそのまま、ざわざわとにぎわう広い構内を道場までを駆けてくセナと。二人とも同じようなドキドキがそのお胸を満たしていたのでありました。
←BACK/TOP/NEXT→***
*しまった、肝心の逢瀬に届かなかったです。
もう1章だけお付き合いを…。(苦笑) |